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Jeffery

外はまだ薄暗い

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外はまだ薄暗い

未明。

 

外はまだ薄暗い。

遠くで鶏が鳴き始める。

相嶋の息のかかった潜入者と思しき連中。

その尋問の様子を見てきた牙蔵は、そっと隠れ部屋に帰ってきた。

 

「…」

 

詩は褥ですやすやと眠っている。

 

息をしているのか心配になる程静かでーー牙蔵は思わず傍らに行き、詩の顔を覗き込んだ。

 

まだ幼さの残るーー花の。

透き通るような白い肌。

眉根の開いた、素直な形の眉毛。

閉じた目を彩る艶やかな睫毛ーー

スッと形のいい鼻と、小さな唇。

 

そばに行けば、可愛い唇がほんの少し開いて、ひそやかな寝息がわずかに聞こえる。

ほんのわずか、胸のあたりが上下している。

 

ーー穏やかだ。

このままーー止めてしまいたいほどに。

 

それにしても、詩は本当に細くて小さい。

牙蔵はしばらくその寝顔を見つめていた。

 

「…やっかいだな」

 

牙蔵は手で顔を拭うと、ため息を飲み込む。

 

それから静かに部屋の隅に移動し、腰を下ろした。

 

「…」

 

部屋の中にある確かな体温。

 

詩の匂い。

 

牙蔵は隠し扉の中から鷹の羽の家紋の入った短刀を取り出す。

真新しい、詩の守り刀だ。

 

おもむろにスッと抜いて、鋭い切っ先を見つめる。

いい刀だ。見ただけで名のある鍛冶職人の手のものだとわかる。

 

その掲げた刃先の向こうーー無防備にすやすや寝入っている詩が映る。

 

「…」

 

冷たい刃のような牙蔵の瞳が詩を捕らえる。

 

ギリギリと力をいっぱい込めて、柄を握りしめる。

 

「…っ」

 

牙蔵が腕を天井にまっすぐ振り上げる。

加速して重力のままシュッと腕を振り下ろすと、短刀がまっすぐ飛んでいき、ドッと壁に刺さった。

 

「…」

 

「…ん…」

 

その音に覚醒しかけた詩が小さな声を出して寝返りを打つ。

 

「…」

 

長い髪がさらりと流れた。

 

牙蔵に背を向けた格好の、詩の白い首筋が露になる。

 

「…」

 

牙蔵は顔を伏せる。

その長い前髪が顔を隠し、牙蔵の表情が見えなくなる。

 

「は…

 

…やっかいだ…」

 

自嘲気味な牙蔵のつぶやきが闇に溶けていく。

 

まもなく訪れる、静かな夜明け。

 

詩と牙蔵のその部屋の中には、朝までに何度も、噛み殺せず漏れた牙蔵の小さなため息が聞こえていた。

詩は、夢を見ていた。

とても、切なくて、悲しい夢だ。

 

自然と目が覚めた時、目尻から熱い涙が滴っていた。

鼻の奥がつんとする。手で顔を覆って涙を拭った。

 

起きた瞬間から、何の夢を見ていたかはもうわからない。

だけど、すごくすごく、悲しい夢だったーー…。

 

しばらくして、詩はもぞもぞと動き、起き上がる。とーー

 

「…」

 

人の気配を感じて、詩は振り向いた。

 

床にあぐらをかいた牙蔵が、詩を見て微かに微笑む。

 

「おはよう」

 

「…おはよう…ございます」

 

詩は褥の横に正座して頭を下げた。

 

それから褥をテキパキと片付けて、夕べ教えてもらった押入れに片付ける。

牙蔵の部屋は、一見何もないが、よく見ると隠れた扉がいくつもあってーーそこに色々と入っているようだった。

 

詩はふと牙蔵を見る。

 

牙蔵は何をするでもなく、いつもの飄々とした感じでそこにいた。

 

「…牙蔵さん」

 

「ん」

 

詩と牙蔵の目が合う。

 

「…牙蔵さん…お休みになりましたか」

 

遅くまで起きていた。何度か目を覚ましても、牙蔵はいなかった。詩は、牙蔵が寝てないのか心配だった。

 

牙蔵は一瞬目を伏せて、それから詩を見た。

 

「…うん」

 

「…」

 

何となく、ほんのわずか、疲れて見える牙蔵。

初対面ならきっと、そんなことすら気づかなかっただろう。

しかし詩はそれ以上言うこともなく、言葉を飲み込んだ。

 

「えーと…顔を洗って参ります」

 

「ん」

 

詩は昨日教えてもらった通り、隠し戸から二重壁になっている細い階段を降り、その先にある水場に向かう。

 

城内の朝の活気が、壁ごしに聞こえてくる。

 

『夕べの宴は遅くまであったから、朝は二日酔いにもいい、さっぱりしたものがいいわね』

『沖田との戦では、また若様が大活躍されたらしいわ』

 

炊事場が近いのだろう。

女中たちの会話の内容は筒抜けで、なんだか盗み聞きをしているような居心地の悪さがあって、詩は手早く顔を洗う。

 

『若様って、素敵よね~!まだ独り身でしょ?狙いたいわ』

『それは無理よ。うちの後宮には美人がたくさんいるもの』

『そうか…』

『ねえねえ、あの方も素敵よね』

『えー誰?』

 

詩は手ぬぐいで顔を拭くと、階段に戻ろうとそっと踵を返す。

 

『忍び頭の方。滅多に姿をお見かけしないけど…』

『ああ、あの若い方!

若様が”がぞー”と呼んでいらしたわ』

 

思わず詩の足がぴたりと止まる。

 

『確かに素敵。でも』

 

急に声がひそめられ、何となく詩は、耳をそばだててしまう。

 

『あの方はーー任務なら女子供も殺すと聞いたわ…赤子でも』

『えっ…!』

『過去、殿が一度だけ根絶やしにした家があるの』

『…最後の1人まで、血縁は殺された。あの忍び頭の方に、殿が命じて』

 

詩は目を見開く。

肌が嫌に汗ばむ。

心の臓が急に早くなる。

 

ーー忍ぶもの。忍は影の者。

詩だって、三鷹の姫だった。

そんな任務もあるのは、わからないでもない。

 

でもーー

 

詩の胸は苦しくギュッとなった。

 

人間であれば、平気なはずもない。

 

牙蔵のことを考えると、詩はとても悲しくなった。

 

いつも、無表情な人。

ほんの少し、微笑む瞬間。

強くて、落ち着いていて、優しい。

 

そう、牙蔵は優しいーー

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